中国でVPNの利用は違法か否か,とご質問いただきました(2021-07-23)

こんにちは。かべネコです

最近,Twitterから直接お問い合わせいただくことも増えてきました。今日,とても大切なご質問をTwitter経由でいただきました。文字数制限のためTwitterで書ききるのが難しいですので,ここに回答を書かせていただきます。

1. ご質問内容

中国でVPNの使用が合法か違法かについて,下記のお問い合わせを頂きました。

懸念はごもっともです。

かべネコがVPNサービスを始めるにあたり,同じ懸念を持っていました。そして,中国での法的位置付けについて,そして法の運用についてかなり調査いたしました。なぜなら,かべネコがVPNサービスを始めたきっかけは,当社社長が中国赴任中の友人のためにVPNサーバーを立ち上げたのがきっかけだからです。

参考記事:業務を始めたいきさつ

VPNサービスを正式提供するとなると,その友人,友人の紹介で利用されるであろう方々,そして多くのユーザー様をリスクに晒すことにならないか,「自己責任」の一言だけでは済まされない複雑な気持ちを抱かざるを得ませんでした。社長は情報セキュリティに関する著作もあるコンサルタントですので,コンプライアンスの観点からも,当時,いろいろな矛盾とジレンマを感じました。

ただ中国の場合,単に「違法」,「合法」,つまり 白か黒 かの観点からだけでは説明しきれないことが判りました。いくらか遠回りになると思いますが,お読み頂ければ幸いです。

また,かべネコは政治的思想に対して中立の立場を保ちたいと考えています。この記事では特定の政党・政治体制を批判も称賛もする意図はありません。極力,事実と思われる報道と,報道から導かれる結論について考察したいと思います。

 

2. VPNを使えない・使わないリスク

本論に入る前に,一般論としてVPNの必要性について語らせてください。

そもそもVPNは「安全」を確保するツールです。しかし,VPNが違法で使えないとなるとネットショッピングでのクレジットカード利用,ネットバンキングの利用をVPN無しでするのは,それもまた危険なことです。さらにVPN無しで会社業務をするとなると一層深刻なリスクにさらされます。日本の総務省がVPNを利用するように勧めているのは,日本でもサイバー空間がそれほど危険だからです。

参考資料:テレワークセキュリティガイドライン第4版(総務省)

 

少し脱線して申し訳ありませんが,幸い,かべネコVPNでも日本国内でのご利用者が増えています。

ユーザーの声

 

 

さて,国を問わず VPNを使用できないとなると,それによってさらされる情報セキュリティリスクは甚大なものになります。

特に中国に進出している大手外国企業は,自前のVPNサーバーを本国に持っています。中小企業も本国の社内システムにアクセスするのにかべネコのようなVPNサービスを使っています。その利用を禁止され,いわゆる政府認定のVPN回線のみを使うとなると,従業員の個人情報,技術・営業などの機密情報を守れるでしょうか。

総務省はVPNがセキュリティ確保に有用であることを認めつつ

悪意のある者が提供するVPNアプリによって、VPNサーバで通信内容が盗まれるといった事例も報告されています。

と述べています。(Wi-Fi利用者向け 簡易マニュアル ~安全なWi – Fiの利用に向けて ~ 8ページ

つまり,中国のVPN事業者を使うと,すべての機密情報が吸い取られる恐れを感じているので(情報を実際に盗むと断定しているわけではありません),外国企業が本国本社と通信するとき,また社内システムにネット経由でアクセスするとき,中国製VPNを使うことを躊躇するでしょう。

 

3. 中国と日本で異なる法解釈:違法だが犯罪ではないとは

この後,いろいろ背景説明をするにあたり,中国と日本の法解釈の違いを知っていただくのは良いと思いますので,下記サイトをお読み願います。

日経ビジネス:「法律違反だが犯罪ではない」が成立する中国

日本人の法律に対する感覚と,中国当局の法執行の観点は非常に異なります,

ぜひ全文読んでいただきたいのですが,要点は中国法学者の解説です。

法律上も実際上も、違法 と 犯罪 という二つの概念が形成され、両者がはっきりと区別される。犯罪 は 違法 でなければならないが、しかし 違法 の全てが 犯罪 ではない。違法行為をしたからと言って、その全てが犯罪として逮捕され、刑罰を科すことができるわけではない。 − 武漢大学法学院の陳家林教授(法学博士)

では何を犯罪とするかについては,中国刑法を引用してこう解説されています。

「中国刑法第13条には、「犯情が極めて軽く、危害が著しくない場合は犯罪にならない」とある。したがって、中国では犯罪かどうかを決定する主たる判断基準は、社会危害性の大きさであり、行為の類型ではないのである。」
−「中国刑法の理論と実務の現状」関西大学法学研究所 2010年6月

これが,中国人の観点から,日本ではなぜ ウチワ を選挙区で配って問題 になるのか,を感覚的に理解してもらえない原因です。そして,これは,VPNの利用にも通じることになります。VPNが違法だとしても,後で詳述しますとおり法執行は中国刑法第13条の精神が適用されているとうかがわれます。

つまり,VPNの利用は「違法か合法か」,という観点に加えて,「犯罪であるか否か」という観点が必要です。

 

4. VPN利用を禁止しないという声明

では本論としまして,中国におけるVPN利用の法的位置付けを,歴史を交えて考察します。

2014年,かべネコがVPNサービスを検討するにあたり,VPNを禁止する中国の法律があるかどうか調べましたが,当時は明確に禁じる法律を見つけることはできませんでした。

その後,法改正も考えられるため調査を続けていました。そして,2017年。「中国でVPN利用がいよいよ禁止される」と世界中で騒ぎになったことがありました。中国政府が「VPNの個人利用を禁止する」と述べたというのです。

ところが,その懸念を打ち消すように,政府当局は報道を否定する声明を発表しました。

下記に NNA アジア経済ニュースの記事があります。

https://www.nna.jp/news/result/1635011

VPN禁止報道を否定、工業情報省

「中国政府が個人による仮想プライベートネットワーク(VPN)への接続を禁止するとの一部報道に対し、工業情報省(工情省)は12日、「そのような通達は行っておらず、報道は事実に反する」と否定した。ニュースサイトの澎湃新聞が伝えた。」

「来年2月までに(VPNの)個人利用を停止するよう求めたと報じられている問題について、『個人利用の全面的な禁止は行わない』、『中国や外国の企業、個人の一般的な行動に影響を与えるものではない』と説明した。」

この声明の解釈としてこれは「中国政府が認可したVPNに限って」利用禁止は行わない,という趣旨ではないか,とも読み取れます。

しかし,他国の利害関係者が「これまで我々が使ってきた(つまり外国の)VPNサービスが禁止される」との報道に対して騒いだことに対する打ち消しの声明であり,かつ,中国政府が認可したVPNは利用できる,というのは声明を出すまでもなく元々自明です。ですのでこの声明が言及している対象は外国のVPNサービス利用に関するものと考えるのが自然です。

 

産経BIZにはさらに興味深い記事があります。

個人利用の全面禁止行わぬ 中国政府 VPN接続で声明」

記事の要点を抜粋しますと・・・

来年2月までに個人利用を停止するよう求めたと報じられている問題について、『個人利用の全面的な禁止は行わない』、『中国や外国の企業、個人の一般的な行動に影響を与えるものではない』と説明した。」

ここまでは前記のNNAの記事と同じです。興味深いのは中国にとってのVPNが必要であると述いる点です。

「中国政府はハイテク新興企業の育成を促進し、世界のIT産業拠点の樹立を目指している。世界の企業家にとって、世界規模のネットら遮断された環境は魅力に乏しく、個人のVPN接続を禁止することは同国政府の野心を脅すことになる。」

「中国国内のほぼ全ての企業にとってVPNは不可欠つ根幹を成すものだ。VPN接続の遮断は、中国の新興企業がこれまで構築してきた環境を全て破壊することになる」

 

さらに西日本新聞も,現地レポとして「VPN利用は違法ではない」と報道しています。

日本のSNSにアクセス不可?中国の現代版”長城”で「壁越え」してみた/西日本新聞

「中国の新聞社の男性記者は『VPN接続をすること自体は違法じゃない。報道関係者は海外の情報を把握するのにVPN接続をして日本や欧米のネットサイトも閲覧しているが、おとがめはない』と話す。」

 

5. 実際には禁止法令は存在していた

しかし,前記の政府当局者また新聞報道とは矛盾するのですが,実際にはVPN禁止令的な法律は,わかり難いかたちで,はるか昔から存在していました,

その根拠となる法律は,20年 以上昔の1997年に制定された国際ネットワークに関する法律「中华人民共和国计算机信息网络国际联网管理暂行规定」です。これが2019年になってVPN利用に適用することが明らかになりました。

この法律の中には,「VPN」または,「仮想プライベートネットワーク(虚拟专用网络)」という語は無く,「国際ネットワーク」に接続するには,政府が認めた通信サービスを使うように規定しています。ですので法運用上,便利な「類推適用」がされたと言えます。

「VPNを使う場合も中国が認めたネットワークを通しているのに…」という疑問はさておき,1997年制定の法律が2019年になってVPN利用者に適用されることが報道されました。

「China Starts Issuing $145 Fines for Using a VPN」
 中国はVPNを使用するために145ドルの罰金の発行を開始します。(2019年1月)

同法によれば 15,000元(約25万円)以下の罰金とありますが,この記事では145ドル(約16,000円)とあります。中国語のサイトでは500元(約8,500円)の罰金例があります。 法律の上限額よりもかなり低い罰金で運用されています。

しかし,上記記事では中国のVPN利用者は人口の31%とあります。つまり数億人の中国人がVPNを使っていますが,大量検挙された例はまだ聞いていません。

 

6. 外国人の処罰事例は無し

ただ外国人にとって朗報なのは,下記記事によれば,外国人に上記罰金刑が適用された例はないとのことです。

Yet as of 2021, no foreigner has been punished for using a VPN.
しかし、2021年まで、VPNの利用で処罰された外国人はいません。

なぜ外国人に対して罰金刑を適用しないのか?

その理由は3つ考えられます。

まず最初に紹介した中国刑法第13条、「犯情が極めて軽く、危害が著しくない場合は犯罪にならない」に照らせば,自由主義的思想に慣れた日本人が,VPNを使って日本のネット環境から日本の情報を得ることを禁止する意味がないためと推測します。

2つ目の理由は,先に政府当局者が「VPNの個人利用の禁止報道」はフェイクニュースだと宣言した以上,その声明以前に制定されていた法律を根拠に処罰する矛盾について,説明するのが難しいと推測します。あまりにも外国の利害関係者からの反対が大きいことを無視できないのだと思います。

3つ目の理由は,外国人のVPN規制をすることは,海外企業の経済活動を著しく損なうことには変わりがなく,自国経済に損害となり得ます。

 

さらに前出の西日本新聞によると,中国工業情報省の記者会見で,担当官が,VPN規制強化の有無について「明言を避けた」とありますから,中国のお役人さんたちも,対外的には微妙な問題だと理解していることをうかがわせます。

 

7. VPN禁止報道の正しい解釈

2017年のVPN禁止措置の正しい解釈について下記のとおり報道されています。

前記 NAA アジアニュースです。
https://www.nna.jp/news/result/1635011

工情省は外電報道を受けた澎湃新聞の照会に対し、1月の(VPNに関する)通達は無資格の事業者を対象としていることを説明。

つまり禁止対処は 「中国国内の無資格で営むVPN事業」 です。『利用に対する規制」ではありません。

 

ただ,これは日本と同様です。VPNを含む電気通信事業をするには,昔は日本も中国と同じく「認可」が必要でした。現在は「届出」が必要です。これを怠った「中国人」が「日本で逮捕」されたこともあります。

電気通信事業法違反:ネットサーバー無届けで運営 容疑の留学生逮捕 /埼玉 毎日jp: 2010年2月16日

無届けで中継サーバー ネット犯罪に使用か 千葉県警、中国人を逮捕 電気通信事業法違反容疑 /千葉日報

ですので,無資格のVPN事業は中国でも日本でも違法です。

では,かべネコVPNは中国当局の許認可を得るべきでしょうか?

いうまでもなく,中国の法律は中国国内でのみ有効です。

中国に拠点がない,日本のVPN事業者が中国の認可を得る義務はなく,また不可能です。そもそも日本と中国で法体系が異なるだけではなく,相矛盾する法律がありますので,両方に従うのは不可能だからです。たとえば個人情報保護に関する規則は中国と日本では水と油です。

日本の通信事業者は日本の法律に従うことで完全に合法的な事業者になります。

 

8. 他の容疑があれば取り締まられる

また,当然のこととして,外国人であってもVPNで違法な書き込みをおこなった場合,逮捕を覚悟する必要があります。前記の新聞記者が「VPN接続をすること『自体』は違法じゃない」と含みがある表現なのはそのためと推測しています。

これはどの国でも同じですが,中傷,爆破予告などの威力業務妨害,違法薬物取引,児童ポルノなどに関わる書き込みをすれば,それはVPNを使っていようといまいと犯罪です。中国の場合,さらに体制批判も取り締まり対象となります。

VPNを使えば完全な「匿名」が保たれると誤解する人たちが多いのですが,国家権力が調査すれば身元は割と簡単に判明することが多いです。

 

9. VPNに対する規制状況

中国政府は,ほとんどのタイプのVPNを,人工知能を装備したグレートファイヤーウォールで遮断できます。しかし,ご存知のとおり,平常時,VPNを遮断していません。年に数回,国家の重要行事等があるときに限って規制しています。

もし,中国の許認可済みVPNのみを使わせたいのであれば,それら中国企業の回線のみを通過させて,他の外国勢VPN通信を常時遮断できるのですが,それをしていません。つまり外国勢VPNを認めているかどうかは微妙ですが,少なくともお目こぼしをしている現実があります。

これは前述の産経BIZの記事にあるように「VPN接続の遮断は、中国の新興企業がこれまで構築してきた環境を全て破壊することになる」ためだとも推測します。また,中国進出企業と駐在員の反発が非常に大きくなり得るからと推測します。そしてその背景にあるのが,前述の 中国刑法 第13条 の精神と考えられます。

 

10. 結論:VPNは禁止されているのか?

法律と運用の観点から,事実を下記のようにまとめることができます。

  1. 罰金刑(8,500円から16,000円程度)を加える法律はあります。禁固・懲役刑はありません。
  2. 中国国民に適用された例はあります。
  3. 外国人に適用された例は皆無です。

 

つまり,自国民と外国人を区別する 2重基準 の運用がなされていると判断できます。

なぜこのような 2重基準 の運用がされているかについては下記のように推測します

  1. 「自国民が,良からぬ海外の情報に触れるのを防止する」ことが主な動機である
  2.  対外的には「個人のVPN利用を禁止しない」と発表している

と,いう背景があるため,外国人には寛容な運用をおこなっている,と推測します。

ただし,注意が必要なのは,VPN経由で犯罪に関わる利用をしたと「疑われれば」,当然,他の容疑とセットでVPN禁止の法律が適用されることは大いにあり得ます。

 

11. VPNを使うべきか否か?

「使わない」という考えと「使う」という考えがあります。それぞれに合理的理由があります。

一つの考えとして「中国政府はVPNを使って,むやみに海外と繋がることを望んでいないので,自分は善良な外国人として中国政府が嫌と感じることをしたくない」,「いかなる嫌疑も招きたくないのでVPNを使わない」という考えもあります。

実際,そのようにいわれる日本人も多くおられます。さらに極端な例ですが,かべネコに,「このような中国が嫌がるVPNビジネスは直ちに止めるべきだ」と独自の正義感に基づく論争を挑まれて,事業停止の圧力をかけてきた日本人がいました。もちろんそれは日本では「強要罪」という立派な犯罪になることをお知らせしました。「まず,あなたは日本にいる日本人なんだから,中国より前に,日本の法律に従ってください」と。

この方は,諸外国のネット空間がいかに危険であるかについての知識がない方でした。また中国の法運用についてもご存知ない方でした。このページに書いたことと実質同じことを何時間もかけて説明しましたが,残念ながら納得はされませんでした。

しかしながら,中国で「犯罪性はないものの違法性がある」には違いないので,「VPNを使いたくない」という考え方も当然,尊重されるべきと思います。

これはリスク選択の問題と考えます

1 VPNを使わない選択

VPNを使わなければ,当局からVPN利用で咎められるリスクはゼロになります。車を運転しなければ交通事故を起こさないのと同じです。認知機能の低下した高齢者の場合,ハンドルを握らないというのは妥当な決定です。一方,車を運転できない不利益は甘受しなければなりません。

VPNを使わないと決めた場合,クレジットの不正利用,個人情報・企業機密の漏洩のリスクは高まり,検閲済みのニュースだけしか読めず,真実から引き離されることをリスクとして甘受するか,他の選択肢,例えば日本に戻るという決定に繋がるかも知れません。

現に中国在住の日本人で,VPNの必要性を全く感じない方もおられました。

 

2 VPNを使う選択

VPNを使う場合,比較的簡単に情報セキュリティを高めることができます。また,検閲のない情報から恩恵を享受できます。その一方で,当局からのお咎めを受けるかも知れないリスク− 現在のところ外国人には科されていないが − を潜在リスクとして受け入れることになります。

 

12. かべネコが目指したいこと

VPNを使うと判断する立場であっても「どのVPN」を使うのかは,また重要な別の論点になります。先の総務省のパンフレットが述べるとおり

悪意のある者が提供するVPNアプリによって、VPNサーバで通信内容が盗まれるといった事例も報告されています。

ということが現実にあるからです。

かべネコVPNは,中国からでもVPNを使うと判断された方々,また,世界中のVPN利用者に最善のサービスを提供したいと考えています。

同時に,VPNを使いたくないという方の考えも尊重すべきだと考えています。

 

13. 本記事では扱わなかった論点

もし,VPN利用が厳罰化された場合,例えば懲役,無期懲役,死刑 が定められるという極限事例において,どのような考えと判断があり得るでしょうか。

死刑では割にあわないと考える人が多いと思いますが,逆に,それでもVPNを使うという人は国籍を問わずいることでしょう。それは悪いことでしょうか,良いことでしょうか。

世界がますます不安的になったとき,これは重要論点になる可能性があります。

 

今回は質問の趣旨とはかなり外れる論点ですので,割愛させていただきます。

とはいえ,すでに脱線しながらここまで書いてきました。

以上,長い文章になりましたが,回答とさせて頂きます。お読みくださり,ありがとうございました。